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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)28号 判決 1989年9月22日

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一五七五万円及びこれに対する昭和六二年一一月六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担する。

四  この判決は右第二項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し一五七五万円及びこれに対する昭和六二年一一月六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴及び当審で追加された請求の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  当審で追加された控訴人の請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。但し、原判決三枚目表五行目の「取消」の次に「による不当利得返還請求権」を加える。

一  控訴人の主張

1  控訴人は、前記のとおり(原判決二枚目裏二行目から四行目まで)、被控訴人から本件土地を工場用地とする目的で購入したのであって、本件売買契約は、本件土地上に現況地盤で二メートルないし四メートルの高さの工場建物の建築が可能であることを前提とし、これを動機として締結されたもので、かつ、その際に、右動機は、控訴人から被控訴人に表示されていたので、右動機は本件売買契約の内容となっていた。

仮に、本件売買契約の締結に当り、控訴人が被控訴人に対して直接右動機を表示したことがなかったとしても、本件売買契約について、売主である被控訴人側の仲介人として関与した畑本登、新井辰男の両名が、控訴人に対し、本件土地上に二メートルないし四メートルの高さの建物の建築が可能であると説明したので、控訴人はこれを信じて右契約を締結したところ、右両名は、被控訴人の履行補助者と同視すべき立場にあったものであるから、結局、被控訴人と控訴人との間で締結された本件売買契約については、本件土地上に現況地盤で高さ二メートルないし四メートルの工場建物の建築が可能であるということを前提とした動機が表示されて、契約の内容となっていたものというべきである。

ところが実際には、前記のとおり、現況地盤のままでは、高さ約五〇センチメートルないし一・五メートルの建物しか建築できず、現実に工場建物を建築することが不可能であったから、その点につき、本件売買契約には、控訴人側に要素の錯誤があった。

本件土地上に工場建物の建築が可能であるという本件売買契約の動機が表示されていなかったとしても、本件土地に工場建物が建築できるか否かというようなことは、本件売買の対象である本件土地の性状に関するものであって、これによって目的物の価格と代金額との等価性が著しく損われる場合にあたるから、このような場合には、右の点に関する錯誤は、本件売買契約の要素の錯誤となると解すべきである。

したがって、本件売買契約は、要素の錯誤により無効であって、被控訴人は、法律上の原因なくして、控訴人の支払った前記手付金一五七五万円相当を不当に利得し、控訴人に右同額の損害を被らせているから、被控訴人は、控訴人に対し、前記手付金一五七五万円を不当利得として返還すべき義務がある。

2  宅地建物取引業法(以下宅建業法という。)三五条は、宅地建物取引業者に対し、宅地、建物の取引の相手方に対するいわゆる重要事項の説明義務を課しているところ、本件売買契約の売主である被控訴人は、右同法に定める宅地建物取引業者であるから、本件売買契約に際しては、本件土地が現況地盤のままでは工場建物の建築が不可能であるという重要事項について、これを控訴人に告知すべき義務があったというべきである。しかるに、被控訴人には、本件売買契約締結に際し、控訴人に対し、右重要事項の説明をなすべき契約上の義務を怠った債務不履行があるから、控訴人は、昭和六二年九月二二日に被控訴人に到達した内容証明郵便によって、右債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、契約解除に伴う原状回復義務として前記手付金一五七五万円を返還すべき義務がある。

3  そこで、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得返還請求権もしくは契約解除に伴う原状回復義務履行請求権(この請求は、当審で選択的に追加)のいずれかにより、前記手付金一五七五万円とこれに対する詐欺又は債務不履行を理由に前記本件売買契約を取消又は解除し、かつ、右取消、前記要素の錯誤による不当利得返還請求権等に基づき前記手付金の返還を請求する旨の書面が被控訴人に到達した日の翌日である昭和六二年一一月六日から支払済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の主張に対する認否と反論

1  時機に後れた攻撃防禦方法の却下の申立

控訴人の要素の錯誤及び告知義務違反を理由とする解除の主張は、原審でも十分に主張し得たのに、控訴人の重大な過失により主張しなかったものであって、被控訴人の審級の利益を害し、かつ、これによって訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、時機に後れた攻撃防禦方法として却下を求める。

2  錯誤による無効の主張について

(一) 否認する。

(1) 控訴人は、本件土地上に、工場建物を建築することを目的とし、これを動機として、本件土地を買受けたものではない。被控訴人としては、仮に控訴人が自ら本件土地を使用する場合でも、資材置場、重機置場、駐車場等に利用し、一部高さ制限の範囲内でプレハブを建てるものと考えて、本件売買契約を締結したものである。

(2) また、本件売買契約の締結に当り、被控訴人は、控訴人に対し、航空法の規制に関する一切の書面を控訴人に交付し、契約締結時にこれを説明しており、さらに甲第三号証の四は、素人がみても、航空法の規制を示す図面であるから、控訴人は、本件土地上に建物を建築するについては、航空法上の建築物の高さ制限があることを事前に十分知っていながら、本件土地を買受けたものであるから、右の点で控訴人に錯誤はあり得ない。

(3) 仮に、本件売買契約の締結に当り、控訴人が、建物の建築を動機とし、かつ、右建物の右高さ制限を、滑走路面からではなく、本件土地の現況地盤から二メートルないし四メートルであると誤解したものとしても、控訴人は、本件売買契約締結前に、本件土地が航空法の制限のため、現況地盤のままでは建物建築が困難であるが、地盤を掘削して建物を建築したうえ、これをジャッキアップするという違法な方法を用いれば建物を建てられるという説明を受け、それを前提に建築費用の相談をしていたのであるから、そもそも、本件土地は、通常の方法では建物の建築が不可能であり、違法建築の方法によらなければならないことを承知のうえで、本件売買契約を締結したものである。

したがって、建物の高さ制限の基準が滑走路面であるか本件土地の現況地盤であるかは問題ではなく、いずれにしても控訴人は、違法承知で建物を建築する意思であったし、また実際に地盤を掘削することによって建物の建築は可能であったから、右の点の誤解は、契約の無効を主張し得る要素の錯誤にあたらない。

(4) したがって、以上いずれにしても本件売買契約について、控訴人には何ら要素の錯誤はなかったのである。

要するに、控訴人は、資金繰りのつかなかったことや、転買人が現われなかったところから、一方的に本件売買契約の無効ないし取消を主張して、その責任を免がれようとしているに過ぎないのである。

(5) 仮に控訴人が本件土地上に工場建物を建築することを目的とし、これを動機として、本件土地を買受けたとしても、右動機は、本件売買契約締結に際し表示されておらず、本件売買契約の内容になっていなかったから、右動機について控訴人主張の錯誤があったとしても、これにより本件売買契約の要素に錯誤があったとはいえない。

(二) 仮に、本件売買契約について、控訴人主張の要素の錯誤があったとしても、控訴人には重大な過失があった。

すなわち、本件売買契約に際して、控訴人が被控訴人から交付を受けた契約書、重要事項説明書、各種図面のいずれにも航空法の制限があることが明記されていたし、本件土地は八尾空港に隣接していて、付近の建物も屋根が高さ制限に沿って傾斜した形になっており、かつ、本件土地が滑走路面より高い地盤であることは一目瞭然であったから、普通の者でもその航空法の規制内容について、所轄官署へ問い合わせるなどして、これを十分確認してから契約すべきであり、かつ、そうすることは容易であった。まして、控訴人は不動産業者であり、一般人より格段に高い注意義務が要求されるものであるところ、本件売買契約のように一億数千万円もの高額の土地の売買をするにあたって、航空法の制限があることを知りながら、その内容の調査、確認をせず、しかも、売主や関係者が、建物の高さの制限の二メートルないし四メートルというのが現況地盤を基準とするものであるとは言っていないのに、勝手に現況地盤のままでその高さまでの建物建築が可能であると誤解したということは、重大な過失というべきである。

したがって、控訴人は、その錯誤を理由として本件売買契約の無効を主張することはできない。

3  告知義務違反を理由とする解除の主張について

(一) 争う。

(二) 本件土地が現況地盤のままで建物建築ができるかどうかは、本件売買契約の目的にはなっていなかったから、被控訴人にはその点について説明告知義務はなかったし、また、実際には、控訴人に対して、事前に航空法の制限に関する資料を交付したうえ、契約当日にもそのことを説明したから、被控訴人はその点についての説明告知義務を尽していた。

(三) また、控訴人の主張する昭和六二年九月二二日到達の解除の意思表示は、目的不到達を理由とするものであるから、宅建業法上の重要事項説明義務不履行を理由とする契約解除の意思表示ではない。

三  被控訴人の主張に対する認否

被控訴人の右二の主張はすべて争う。なお、要素の錯誤について、控訴人には、被控訴人主張のような重大な過失はない。

控訴人は、不動産業者であっても、昭和六一年に開業したばかりで、開業後日が浅く、八尾地方の物件の売買は未経験であったし、一方、売主である被控訴人もまた不動産業者であるから、本件土地を売却するにあたっては、買主である控訴人に対し、現況のままでは建物建築が不可能である事実を告知すべき信義則上の義務があった。しかるに、被控訴人は控訴人に対してそのことを告知せず、かえって被控訴人の履行補助者と同視すべき畑本登、新井辰男が控訴人に対し本件土地に建物建築が可能であると説明していたのであるから、これら被控訴人側の者を一体として見れば、被控訴人側に詐欺的言動があったものというべきである。したがって、このような場合には、控訴人に過失があったとしても、軽過失であって、重大な過失があったというべきではない。

第三  証拠<省略>

理由

一  控訴人が不動産の売買、仲介、賃貸等を目的とする株式会社であり、被控訴人が清幸住宅の商号で不動産売買等の業を行う者であること、控訴人が、被控訴人との間で、昭和六二年五月二三日、原判決添付別紙物件目録記載の(一)の土地(本件土地)を代金一億五七五〇万円、手付金一五七五万円、残金決済日同年九月二一日の約定で買受ける旨の売買契約(以下本件売買契約という。)を締結し、控訴人が被控訴人に対し右契約締結当日に右手付金全額を支払ったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、当審で、本件売買契約は、要素の錯誤により無効であるとの主張を新たに追加して主張しているところ、被控訴人は、控訴人の右主張は、被控訴人の審級の利益を害し、かつ、時機に後れた攻撃防禦方法であるとしてその却下を求めている。しかし、控訴人の右要素の錯誤による無効の主張と従前の詐欺による取消の主張とは、その基礎たる事実関係はほとんど同一であって、証拠関係も大部分共通であるのみならず、右要素の錯誤の主張は、当審における第一回口頭弁論期日になされたことは本件記録上明らかであって、当審で、当初から詐欺による取消の主張と供せて審理することになる関係にある。したがって、右要素の錯誤による無効の主張によって、特に本件訴訟の完結を遅延せしめるものとは認められないから、右主張につき民訴法一三九条一項により却下を求める被控訴人の申立は理由がない。したがって、右却下はしないこととする。なお、被控訴人は、当審において控訴人が右要素の錯誤に基づく無効の主張を許すことは、被控訴人の審級の利益を害する旨の主張をするが、詐欺による取消の主張も、要素の錯誤に基づく無効の主張も、控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求権に基づく本件手付金一五七五万円の返還請求を理由あらしめる攻撃防禦方法であって、右請求の訴訟物は同一であるから、控訴人の要素の錯誤に基づく無効の主張の追加により、本訴につき、被控訴人の審級の利益が害されることはない。したがって、被控訴人の右主張も理由がない。

三  そこで、控訴人の要素の錯誤の主張について検討するに、<証拠>によれば以下の事実が認められ(る)<証拠判断省略>。

1  本件土地は、被控訴人が転売目的で、昭和六〇年七月頃、買受けてその所有権を取得したものであるが、控訴人代表者は、昭和六二年五月初め頃、朝銀大阪信用組合生野東支店の貸付係長の韓達三の紹介で、被控訴人が本件土地を売りに出していることを知り、韓達三とともに現地の見分に行ったところ、本件土地の地形や地域状況から、貸工場か売工場の用地として適当な物件であると考え、その帰途、以前に本件土地を被控訴人から購入しようと計画していた訴外新井辰男(本件土地のすぐ近くに工場と事務所を持ち有限会社山三を経営していたもの)方を訪れ、同人の経営する会社事務所で、同人から本件土地について話を聞いた。

その後、新井辰男は、控訴人代表者に対し、「本件土地一帯には航空法の制限があるので、現況地盤から道路に面した方で四メートル、空港側の方で二メートルくらいの高さの建物しか建てられないが、その範囲内で建物を建て、検査を通ったあとでジャッキで持ち上げれば、もっと高い建物も建つ。」「このあたりは、工場を探している人が多いから、貸工場でもしたら、すぐ埋まる。」などの話をした。

控訴人代表者は、その数日後、東大阪市内のファミリーレストラン「スカイラーク」で、再度、新井辰男と会って同人から本件土地のことについて説明を聞いたが、その際に、被控訴人の知人で、被控訴人から本件土地の買い手を探すことを頼まれていた建築業者の訴外畑本登が同席していたところ、新井が控訴人代者に対して、「本件土地に建物を建てるのであれば、畑本さんにやらせれば、地元の業者であるから安く建つ。」などの話をし、また、控訴人代表者の方でも、畑本に対し、建築費用の一坪(三・三平方メートル)当りの単価を尋ねるなどした。そして、その席で、新井や畑本は、「本件土地には航空法の制限があるが、横にある倉庫の高さと同じくらいの高さの建物は建てられるし、地盤を掘り下げて建てて、そのあとでジャッキで持ち上げればもっと高い建物でも建てられる。」などという趣旨の話をした。

2  そこで、控訴人代表者は、本件土地上に建物を建築するについては航空法の制限はあるが、現況の地面(地盤)のままで、道路に面した方で高さ四メートル、空港側の方で高さ二メートルの建物が建つものと考え、本件土地を右の程度の工場建物を建てる敷地として転売するか、自ら本件土地上に右建物を建てて貸工場として利用する目的の下に、これを動機として、本件土地を一坪(三・三平方メートル)当たり四五万円で買受けることにした。

3  その後、関係者の話し合いで、本件売買契約は、同年五月二三日に正式に締結することになり、右同月二三日に、右新井の会社の事務所で、控訴人代表者と被控訴人のほか、前記韓、新井、畑本の三名が出席し、控訴人代表者と被控訴人とが甲第一号証の不動産売買契約書に記名捺印するなどして正式に本件売買契約が締結されたが、その席上で、被控訴人から控訴人代表者に対し、重要事項説明書(甲第二号証)とともに、航空法の制限関係の資料(甲第三号証の一ないし六)が交付された。

更に、その席上で、当初予定していた残代金決済期日を変更すること、都市計画法上の開発行為の許可がなくても開発行為ができるように本件土地をそれぞれ半分に分筆しておくことなどが話し合われたほか、控訴人代表者から、本件土地上に建物を建築することを動機として本件土地を買受けるものであることを当然の前提として、改めて、畑本らに対し、本件土地上には航空法の制限はあるが、現況の地面から高さが二メートルないし四メートル(空港側で二メートル、道路側で四メートル)程度の高さの建物が適法に建てられることについての確認をし、かつ、本件土地上に建築する建物の請負代金等についても、控訴人代表者と畑本との間において、交渉がなされた。そして、その後、被控訴人は、その傍らにおいて、右控訴人の確認の発言や控訴人が本件土地上に建物を建てるために、その請負代金の交渉をしていることを了知しながら、格別これに対して異論をのべず黙認し、本件土地上に右の程度の高さの建物が建てられることを当然の前提とし、これを契約の内容とすることを承認して、本件売買契約を締結した。

4  控訴人は、その後同年八月三一日に、大阪興銀から一億六〇〇〇万円を借受けて、本件土地の売買代金の支払い資金の用意をする一方、サン・コーポレーションという不動産業者を通じて本件土地を転売に出していたところ、右不動産業者から本件土地の紹介を受けたミシン製造業者ないしは右不動産業者が現実に本件土地上に建物が建てられるか否かについて、大阪航空局八尾空港事務所に問い合わせた結果、本件土地には建物が建てられないことがわかり、同年九月上旬頃、前記不動産業者から控訴人にその旨連絡があった。そこで控訴人代表者も、その従業員を大阪航空局八尾空港事務所に行かせるなどして右の点を確めさせた結果、航空法上の建造物高度制限により本件土地上には最も低いところで高さ〇・二六メートル、最も高いところで高さ二・三九メートルの建物しか建てられず(甲第六号証参照)、事実上建物の建築が不可能であることが判明したので、控訴人は、同月二一日頃、被控訴人に対し、本件土地は建物の建築が不可能であるから売買契約の目的を達することができないという理由で、本件売買契約を解除する旨の内容証明郵便を発した。

四  前記三に認定の事実によれば、控訴人は、本件土地を貸工場、売工場の用地向きの土地として自ら使用するか、あるいは右工場敷地として他に転売する目的の下に、本件土地上に現況地盤からの高さが二メートルないし四メートルの建物が建てられるものとし、これを動機として買受けたものであり、かつ、右動機は、本件売買契約締結に際し、表示されていたものというべきであるから、右動機は、本件売買契約の内容となっていたものというべきである。しかるに、当時、客観的には、本件土地上には、航空法による建造物の高度制限により、現況地盤からの高さが二メートルないし四メートル程度の建物を建築することは不可能であって、本件土地の現況地盤からわずかに〇・二六メートルないし二・三九メートルまでの高さのものしか建てられず、事実上工場建物の建築は不可能であったから、この点において、本件売買契約には、控訴人側に、要素の錯誤があったものというべきである。

五  そこで次に、控訴人が右要素の錯誤に陥ったことについて重大な過失があったかどうかについて検討する。

1  <証拠>によれば、(イ)本件売買契約の締結に際し作成された売買契約書(甲第一号証)、当時控訴人が被控訴人から交付を受けた重要事項説明書(甲第三号証)、各種図面(甲第三号証の一ないし六)等には、本件土地上に建物を建築する場合には、航空法の制限のあることが明記されていること、(ロ)本件土地は八尾空港に隣接していて、付近の建物も、その屋根が航空法の制限に沿って傾斜した形になっており、このことは、当時控訴人も現認して知っていたこと、(ハ)本件土地の地面は、八尾空港の滑走路面よりも高く、それだけ建築建物の高さ制限が大であること、(ニ)控訴人は、当時不動産業者であったところ、本件売買契約を締結するに当たり、本件土地上に建築する建物の航空法の制限については、事前に大阪航空局八尾空港事務所など関係機関に問い合わせてその調査をするようなことをしないままに、本件売買契約を締結したこと、(ホ)なお、控訴人において、事前に大阪航空局八尾空港事務所など関係機関に問い合わせをすることは、それ程困難なことではなかったこと、以上のような事実が認められる。

2  しかしながら、他方、前記三に認定した事実に、<証拠>によれば、(イ)本件売買契約は、新井辰男、畑本登らが、控訴人と被控訴人との間に入って締結されるに至ったものであるところ、右新井、畑本らは、再三にわたって、控訴人代表者に対し、本件土地上に建物を建築するについては、航空法による制限があるが、現況地盤から道路側に面した方では四メートル、空港側では二メートルの高さまでの建物が建築できると明言していたこと、(ロ)本件売買契約締結の当日も、控訴人代表者は、右畑本らに対し、改めて、本件土地上に高さが二メートルないし四メートルの建物が建築できることを確認し、かつ、右畑本と本件土地上に建築する建物の請負代金の交渉をしていたところ、被控訴人はその傍らにいて、控訴人が右確認等をしている事実を知りながら、これに格別の異論も述べず、本件土地上に、その現況地盤からの高さが二メートルないし四メートルの建物の建築ができることを前提とし、これが契約の内容となることを容認して、本件売買契約を締結したものであること、(ハ)当時本件土地付近には、航空法の制限をうけながらも、控訴人が本件土地上に建築しようと考えていた程度の建物が現実に建てられていたこと(但し、適法に建てられたものであるか否かは暫く措く)、等の事実が認められる。

3  そして、右2に認定の事実関係、並びに、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果からすれば、右1の事実関係があるからといって、当時、控訴人が本件土地上に建物を建築する場合の制限について、これを大阪航空局八尾空港事務所等の関係機関に確かめることなく、前記新井らの言動により、本件土地上に、二メートルないし四メートルの高さの建物が建築できるものと誤信した右要素の錯誤に基づき本件売買契約を締結したことにつき、控訴人に、軽過失はあったとしても、重大な過失があったとは到底認め難(い)<証拠判断省略>。

よって、控訴人に右重大な過失があったとの被控訴人の主張は、理由がない。

六  以上のとおり、本件売買契約は控訴人の要素の錯誤により当然無効というべきであるから、被控訴人は、控訴人から受領した手付金一五七五万円を法律上の原因なくして不当に利得し、控訴人に同額の損害を被らせているものというべきである。したがって、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得の返還として、右手付金一五七五万円を返還すべき義務がある。

そして、<証拠>によれば、控訴人は、被控訴人に対し、昭和六二年一一月五日到達の内容証明郵便をもって、右手付金一五七五万円の返還を請求したことが認められるので、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得の返還として、右手付金一五七五万円及びこれに対する右返還請求のあった日の翌日である昭和六二年一一月六日から支払済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

七  以上のとおり、被控訴人に対し、不当利得の返還として、前記金員の支払を求める控訴人の請求は、その余の点の判断をするまでもなく、正当として認容すべきであるところ、これと結論を異にする原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取消して、控訴人の右請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条に、各従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤 勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 横山秀憲)

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